はじめに
この連載記事は2021年に行った熊野古道500kmの旅を主題にしています。連載記事は下記7つの章で構成され、本記事は第3章「旅の概要」です。
- 第1章:熊野参詣道の概要
- 第2章:以前に行った熊野古道の旅
- 第3章:旅の概要
- 第4章:旅で印象に残った出来事
- 第5章:コミュニタスの概要
- 第6章:旅で感じたコミュニタス
- 第7章:巡礼を体験する観光地でコミュニタスを感じることの意義
第3章:旅の概要
本章は下記4つの節から構成され、2021年に行った熊野古道500kmの旅の概要を説明しています。
- 旅の行程
- 旅に出た理由
- 以前の旅と異なること
- 旅への思いと位置付け
旅の行程
熊野古道500kmの旅の大まかな行程は次のとおりです。
- 京都の神社である城南宮からスタートし、その神社の近くを流れる鴨川に沿って歩いていく。
- 淀川の支流である桂川と合流し、桂川から淀川にかけて続けて歩く。
- 淀川に合流した後も川沿いを進み、途中の枚方船着場から、大阪の八軒家浜船着場まで、淀川とその支流の大川を船aで下る。
- 八軒家浜船着場からは、紀伊路を徒歩で進み、潮見峠越えと雲取越えで中辺路を歩き、熊野本宮大社、熊野那智大社、熊野速玉大社の順で熊野三山を巡る。
- 熊野速玉大社からは伊勢路を辿り、伊勢路の起点である伊勢神宮で旅を終える。
- 船の移動には、枚方船着場と八軒家浜船着場の間を航行するクルーズ船「淀川浪漫紀行」を利用しました。このクルーズ船の詳細については、下記のリンクよりご参照ください。↩︎
1〜5を合わせて、かかった日数と距離は31日とおよそ500kmです。
なお、詳細な行程は表1のとおりです。
表1:熊野古道500kmの旅の行程
| 日程 | 移動区間 | 移動距離 |
|---|---|---|
| 1日目 | 城南宮 〜 枚方船着場 | 22km |
| 2日目b | 枚方船着場 〜 窪津王子跡 | 21km |
| 3日目 | 窪津王子跡 〜 天王寺公園 | 6km |
| 4日目 | 天王寺公園 〜 浅香山駅 | 7km |
| 5日目 | 浅香山駅 〜 信太山駐屯地 | 15km |
| 6日目 | 信太山駐屯地 〜 佐野王子跡c | 16km |
| 7日目 | 佐野王子跡 〜 馬目王子跡 | 13km |
| 8日目 | 馬目王子跡 〜 吐前王子跡 | 16km |
| 9日目 | 吐前王子跡 〜 熊野一の鳥居跡 | 18km |
| 10日目 | 熊野一の鳥居跡 〜 糸我王子跡 | 13km |
| 11日目 | 糸我王子跡 〜 久米崎王子跡 | 6km |
| 12日目 | 久米崎王子跡 〜 道成寺 | 20km |
| 13日目 | 道成寺 〜 塩屋王子神社 | 8km |
| 14日目 | 塩屋王子神社 〜 叶王子跡 | 10km |
| 15日目 | 叶王子跡 〜 千里王子跡 | 12km |
| 16日目 | 千里王子跡 〜 闘雞神社 | 14km |
| 17日目 | 闘雞神社 〜 滝尻王子 | 24km |
| 18日目 | 滝尻王子 〜 近露王子跡 | 13km |
| 19日目 | 近露王子跡 〜 熊野本宮大社 | 25km |
| 20日目 | 熊野本宮大社 〜 小口集落 | 15km |
| 21日目 | 小口集落 〜 補陀洛山寺 | 23km |
| 22日目 | 補陀洛山寺 〜 熊野速玉大社 | 15km |
| 23日目 | 熊野速玉大社 〜 花の窟神社 | 22km |
| 24日目 | 花の窟神社 〜 二木島浦 | 15km |
| 25日目 | 二木島浦 〜 八鬼山 | 17km |
| 26日目 | 八鬼山 〜 馬瀬集落 | 21km |
| 27日目 | 馬瀬集落 〜 ツヅラト峠 | 20km |
| 28日目 | ツヅラト峠 〜 阿曽温泉 | 22km |
| 29日目d | 阿曽温泉 〜 川添集落 | 20km |
| 30日目 | 川添集落 〜 田丸城跡 | 21km |
| 31日目 | 田丸城跡 〜 伊勢神宮 | 13km |
- 船で移動したのはこの日です。↩︎
- ここでの「佐野王子跡」は大阪府泉佐野市に位置する佐野王子跡です。和歌山県新宮市に位置する佐野王子跡とは異なります。↩︎
- この日は宮川の渡渉のために三瀬の渡しを利用する予定でしたが、COVID-19の感染拡大を受け、三瀬の渡しは当時、三重県外からの利用を受け付けていませんでした。三重県在住でもなく県外からこの旅を始めた私は、県外利用ということだったため、あいにく三瀬の渡しで渡渉することができませんでした。よって宮川の渡渉は船木橋を渡って行いました。三瀬の渡しの詳細については、下記のリンクからご参照ください。↩︎
中辺路全線を歩いた旅や熊野古道280kmの旅eで直面したように、この旅でも全日程の宿泊費を捻出することができませんでした。よって、そのうちの16日は古道沿いの東屋や近くの公園などで野宿を行い、残りの日は安価なゲストハウスや民宿などに泊まりました。
- これら2つの旅の詳細については、第2章「熊野古道500kmの旅よりも前に行った熊野古道の旅」をご参照ください。↩︎
また、それら2つの旅と同様に、今回の旅も主に私一人で行いましたが、一部の区間を他の方と事前に計画して歩きました。私と一緒に歩いてくれたのは、2020年3月に行った熊野古道280kmの旅で紀伊浦神駅から串本駅まで一緒に歩いてくれた友人でした。その旅で時間を共にした日数と区間は次のとおりです。
- 一緒に歩いた日数
- 5日間(17日目 〜 21日目)
- 一緒に歩いた区間
- 闘雞神社から補陀洛山寺までの中辺路およそ100km
旅に出た理由
熊野古道500kmの旅に出た主な理由は次の2つです。
- 自分のそれまでの熊野古道の旅を通して、いつか熊野古道の全ルートを踏破したいと思ったから。
- 熊野参詣道の歴史に沿った旅を行うことで、熊野古道をより深く体験できるだろうと考えたから。
1つ目の理由から説明します。まず、熊野古道500kmの旅よりも前に行った熊野古道の旅は、第2章「熊野古道500kmの旅よりも前に行った熊野古道の旅」でも紹介したとおり、下記4つの旅です。
- 熊野古道中辺路全線を歩いた旅
- 熊野古道の定番ルートを歩いた旅
- 熊野古道280kmの旅
- 熊野古道小辺路のリベンジ歩き旅
これらの旅で歩いたことのある熊野古道のルートは、小辺路、中辺路、大辺路です。そして、これら3つのルートを旅する中で、熊野古道の全ルートをいつか踏破したい気持ちが芽生え、まだ歩いていなかった紀伊路と伊勢路も歩きたいと思うようになりました。
次に、熊野古道500kmの旅に出た理由の2つ目について説明します。まず、第1章「熊野参詣道の概要」でも説明したとおり、熊野古道には下記2つの史実があります。
- 11世紀から13世紀にかけて、皇族や貴族の方々が京都から出発して熊野詣を行っていたこと
- 15世紀以降に多くの庶民が、伊勢参宮の際に伊勢路を利用して熊野三山へ参拝していたこと
これらの史実から、自分のそれまでの熊野古道の旅において、歩き旅の観光地として人気がある区間を訪れただけで、熊野古道を本当に体験できていたのかと疑問に思いました。そのため、熊野古道をより深く体験するには、京都から歩いて熊野三山を巡り、その足で伊勢神宮にも参詣するのが良いのではないかと考えました。
以前の旅と異なること
熊野古道500kmの旅は、次の2点において、それまでの旅と異なります。
- 旅の長さ
- 旅を行う場所
1つ目の点から説明します。まず、今回の旅とそれまでの旅における移動距離と日数を表2にまとめました。その表が示すとおり、熊野古道500kmの旅は、それまでの旅よりも長旅です。それまでの旅で最も長かったのは、2020年3月に行った熊野古道280kmの旅です。熊野古道500kmの旅と比較すると、移動距離は1.8倍ほど、日数は2倍以上の差です。
表2:熊野古道500kmの旅とそれまでの旅における移動距離と日数
| 旅 | 移動距離 | 日数 | |
|---|---|---|---|
| それまでの旅 | 熊野古道中辺路全線を歩いた旅 | 224km | 10 |
| 熊野古道の定番ルートを歩いた旅 | 38km | 2 | |
| 熊野古道280kmの旅 | 281km | 14 | |
| 熊野古道小辺路のリベンジ歩き旅 | 68km | 3 | |
| 熊野古道500kmの旅 | 503km | 31 | |
これらの差は装備にも表れました。以前の旅では50L容量のバックパックを使っていたのに対し、熊野古道500kmの旅では100L容量のバックパックを使いました。
次に、2つ目の「旅を行う場所」の側面から、熊野古道500kmの旅がそれまでの旅と異なる点を説明します。熊野古道500kmの旅では、下記2つの特徴を持つ区間を通ります。
- 都市部
- 自分の故郷
これらの特徴を持つ区間は、以前の旅のルートには含まれておりませんでした。以前の旅で歩いていた道の多くは、主に紀伊山地を通っていました。しかし、熊野古道500kmの旅では、京都市、大阪市、神戸市、堺市を中心市とする近畿大都市圏を通ります。この都市圏を通る区間は、具体的に下記3つの区間となります。
- 城南宮から窪津王子跡までの区間(1日目 〜 2日目)
- 紀伊路の大阪府区間(2日目 〜 8日目)
- 紀伊路の和歌山市区間(8日目 〜 9日目)
また、私は大阪府堺市で生まれ育ち、この旅を行った年の翌年まで同市に住んでいました。堺市を除いた近畿大都市圏の3つの中心市のうち、大阪市は堺市に隣接しているため、普段の外出でよく訪れていた場所でした。よって、以前の旅と熊野古道500kmの旅には、それぞれ次の側面を持っていたと考えられます。
- 以前の旅が持つ側面
- その場所をよそ者として旅する
- 熊野古道500kmの旅が持つ側面
- その場所をよそ者としてだけでなく地元民として旅する
旅への思いと位置付け
本章の前節「以前の旅と異なること」で述べた熊野古道500kmの旅の特徴から、私は次のようなことを疑問に思いました。
- 旅が長くなることで、旅中の心身にどのような影響が出るのか?
- 都会を(歩いて)旅することがどのようなものなのか?
- 地元民と旅人の視点を両方持って旅することが、旅の体験にどのように影響するのか?
これらの疑問は、旅に対する不安を少し感じさせましたが、好奇心を掻き立てる期待感も感じさせました。そして、私は、熊野古道500kmの旅を以前の旅よりも規模が大きく挑戦的なものと考え、熊野古道における自分の旅の集大成と位置付けていました。
